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東京高等裁判所 昭和41年(ラ)776号 決定

抗告人(債権者) 大和建設株式会社

相手方(債務省) 三越不動産株式会社

相手方(第三債務者) 白戸孝 外二五名

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

抗告人の抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりであつて、これに対し、当裁判所は次のように判断する。

一、本件記録によれば、次のことが明らかである。

抗告人(債権者)は、自己が相手方(債務者)より、(イ)昭和三九年九月二一日当時相手方の所有に属していた別紙物件目録〈省略〉(二)記載の土地合計一五五三七、一九〇〇平方メートル(四、七〇〇坪)についての宅地造成工事を代金一、三〇〇万円で請負つたうえ、約旨にしたがい同月二九日頃から翌一〇月三〇日頃までの間に右工事を実施完成して右代金債権を取得し、また(ロ)昭和四〇年四月一五日当時相手方の所有に属していた右目録(一)記載の土地合計二八四二九、七五二〇平方メートル(八、六〇〇坪)についての宅地造成工事を代金七〇〇万円で請負つたうえ、約旨にしたがい同日頃から同月九月三〇日頃までの間に右工事を実施完成して右工事代金債権を取得したのであるが、(イ)の代金の内金八、四九八、四〇〇円の支払を受けただけで残代金四、五〇一、六〇〇円および(ロ)の代金七〇〇万円の支払を受けていないこと、右各工事により右各土地の価値が増加し、すくなくとも右目録(ニ)記載の土地については金二、六七一、六〇〇円(右土地の分譲代金総額より買受代金額を控除した残額)の、同目録(一)記載の土地については金九、六四三、九二〇円(右土地の分譲代金総額より買受代金額を控除した残額)の各増価が現存していること、したがつて請負人たる抗告人において(イ)の工事費残金のうち右増加額の限度内の金二、六七一、六〇〇円につき前者の土地上に、右増加額金九、六四三、九二〇円の範囲内である(ロ)の工事費金七〇〇万円につき後者の土地上に、それぞれ不動産工事の先取特権を取得したこと、しかるところ相手方(債務者)はその後昭和四一年一一月一五日までの間に両者の土地をいずれも分割したうえその各部分を相手方ら(第三債務者ら)および北条宏紀、矢代棋一郎、鈴木国男、山崎力三、杉本照子、永淵元彦、長堀彰、岡部周造合計三四名に売渡し、そのうち相手方ら(第三債務者ら)合計二六名に対してはその各売買代金の一部の支払をえただけでなお各残代金債権を有していること、以上の諸点を理由として、民法第三〇四条第一項による物上代位権にもとづき、別紙差押債権目録〈省略〉記載のとおり、前記各増加額の範囲内において、相手方(債務者)の相手方ら(第三債務者ら)に対する右各売買残代金債権につき差押命令および転付命令を求めている。

二、ところで抗告人が右各工事を始める前にその費用の予算額を登記したことについては、抗告人より何らの主張もなく、本件記録上このことを認めうる資料も存しないから、民法第三三八条により右各先取特権は当事者間においてもその効力を生じないと解すべきもののようである。

しかしながら、先取特権は法定の担保物権であつて、法定の要件を具備することにより当然に成立しその効力を生ずる。また登記はわが民法上不動産物権変動における対抗要件とされているにとどまり、それに創設的効力を認める建前はとられていない。それ故不動産工事の先取特権が民法第三三八条第一項本文所定の登記をすることによつて始めてその効力を生ずるものと解することは、先取特権の法定担保権たる本質に反し、登記を公示方法とするにとどめる物権法上の原則にも矛盾する。もつとも右規定にしたがつて登記した先取特権は、それ以前に登記された抵当権および不動産質権にも優先する効力を持つ(民法第三三九条、第三六一条)関係上、この特権の存在を知らない第三者をして不測の損害を被らしめ、また後に至つて債権者と債務者とが通謀し虚偽の登記をなし他の債権者らを害する弊を生ずるに至る虞れなしとしないけれども、この第三者の受けることあるべき損害は、登記を対抗要件としつつただその登記をなすべき時期を民法第三三八条第一項本文に定められてあるとおり限定することによつて予防されうるのであるから、かような弊害の生ずる虞れがあることの故をもつて、同条が所定の登記により始めて先取特権の効力を発生せしめる趣旨であるとまで解する必要はなく、その他前記の本質および原則に対する例外を不動産の先取特権に限つて認めるべき実質上の根拠を見出し難い。そこで右法条は、登記の性質ないし効力自体に特殊な変容を加えたものではなく、ただ登記すべき時期を限定したにとどまるものであつて、本来何時でもその欲する時に登記を経由しうる権利者の自由を時期的に制限し、工事を始める前にその費用の予算額を登記した場合における当該登記のみを有効としてこれに登記の持つ対抗力-民法第三三九条第三六一条により付与された抵当権および不動産質権に対する優先力をも含む。-を発生させることとし、第三者に対する影響をできる限りすくなくしようとしたものというべきである。すなわち民法第三三八条第一項は、「其効力ヲ保存ス」という用語にかかわらず、同項所定の登記を経由しない不動産工事の先取特権が第三者に対抗しえないことを定めたものと解するのが相当である。

したがつて先取特権者は、債務者に対する関係においては、登記のない場合にも権利実行のため目的不動産につき競売法による競売を申請することができ、ただ登記のないため代価の配当にあたり他の債権者に対し優先権を主張することができないだけである。

三、されば、前記一の各先取特権成立の事実を一件記録によつて認めうる本件にあつては、抗告人において右各先取特権実現の手段として、債務名義を要せずに、目的不動産の売却により相手方(債務者)の受くべき前記各売買残代金債権につきその払渡前にこれに対する差押命令および転付命令をうることができるものというべきである。

四、よつて、本件申請はその要件を欠くものとしてこれを却下した原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差戻すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 小川善吉 松永信和 萩原直三)

(別紙)

抗告の趣旨

抗告人(債権者)の本件申請を却下する。との決定はこれを取消す。

相手方(債務者)が第三債務者らに対して有する別紙差押債権目録記載の債権は、これを差押える。

右差押えた債権について、第三債務者は、相手方に対して支払をしてはならない。また相手方は取立、その他一切の処分をしてはならない。

右差押命令によつて差押えた別紙差押債権目録記載の債権は支払に換え券面額にてこれを抗告人に転付する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、抗告人は相手方と

(一) 昭和四〇年四月一五日締結した相手方所有の埼玉県上尾市

(イ) 大字上字大久保一〇六〇番地

(ロ) 同字一〇六二番地

(ハ) 同字一〇六七番地

(ニ) 大字南字坂田前五六〇番地

(ホ) 大字久保字坂田前四五七番地

等二九筆の土地二八四二九・七五二〇平方メートル(八、六〇〇坪)の宅地造成を目的とする土木工事を、工事代金七、〇〇〇、〇〇〇円、工事着工昭和四〇年四月一五日、工事完成同年九月三〇日等を内容とする約定に従い、同土地の宅地造成工事を完成し、金七、〇〇〇、〇〇〇円の工事代金債権を取得、

(二) 昭和三九年九月二一日締結した相手方所有の埼玉県北足立郡桶川町大字桶川字相生三六四番地の土地一五五三七・一九〇〇平方メートル(四、七〇〇坪)の宅地造成を目的とする土木工事を、工事代金一三、〇〇〇、〇〇〇円、工事着工は昭和三九年九月二九日、工事完成は同年一〇月三〇日等を内容とする約定に従い、同土地の宅地造成工事を完成し、金一三、〇〇〇、〇〇〇円の工事代金債権を取得、

したが、相手方は右代金の内(二)の工事について金八、四九八、四〇〇円を支払つただけであるため、抗告人は相手方に対し現在なお(一)の工事については金七、〇〇〇、〇〇〇円全額、(二)の工事については金四、五〇一、六〇〇円の残代金について債権を有している。

二、この様に相手方は抗告人に対し、右工事についての代金債務を負担しているのにかかわらず、右(一)、(二)の土地を分筆して第三債務者らに譲渡し、その代金の一部について支払いをうけたが、現在なお、別紙差押債権目録に記載したとおりの債権を第三債務者らに対して有している。

三、抗告人が前記宅地造成工事により取得した工事代金債権は不動産の工事に原因して生じた債権として、民法第三二五条により工事を施行した不動産のうえに先取特権を有するので、抗告人は相手方が第三債務者らに対して有する売買代金の残代金について民法第三〇四条第一項に基づく物上代位による債権差押及び債権転付命令を東京地方裁判所に申請したところ、同裁判所は民法第三三八条第一項の「予算額を登記するに因りて其効力を保存す」との規定を不動産工事費の先取特権が成立するための要件と解釈し、抗告人が右宅地造成工事を始める前に其の費用の予算額の登記を経由しなかつたことを理由に、昭和四一年一二月一五日右申請却下の決定を為し、同月一九日同決定正本を抗告人に送達してきた。

四、しかし、民法第三三八条第一項の「予算額を登記するに因りて其効力を保存す」との規定は、

(一) 物権変動について民法が登記を以つて対抗要件としていること。

(二) 不動産工事の先取特権は工事の結果不動産の価値が増加したことにより、その増加額に対し当然発生すると解すべきであること。

(三) 民法第三三九条の規定から対抗力のない不動産工事先取特権のあることが推測出来ること。

等から、民法第三三八条第一項の「予算額を登記するに因りて其効力を保存す」との規定は効力要件ではなく、対抗要件と解釈すべきであるから、抗告人は右工事の前に、その予算額についての登記を経由せずとも、その工事により価値の増加した不動産のうえに不動産工事先取特権を行使することが出来るので抗告の趣旨記載の裁判を求めるため本件抗告に及びました。

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